風かをる 平成22年3月号2
もっと慮り合えば…
文章は続きます
そして、こう言います。
伊藤さんがいうように「『母親』は何でも出来て普通」だから「褒め言葉」をかけることもない。
時には自分を責めながらも、必死に子どもにかかわっている母親の心情を理解しようとすることは、あまりなかった気がします。
食堂のおばちゃんの言葉と行為に涙した伊藤さんに、改めて他の人の心・気持ちを理解しようとすることの大切さを考えました。
報道や色々な人の話を聞くと、お互い他の人のことを推し量ることが、苦手になってきている気がします。
そして、他者からのかかわりが少ない分、自己肯定感が少なく、どうしても自分を守ることにきゅうきゅうとしがちです。
決めつけないで、一歩踏み出して、相手の気持ちを推し量りながらコミュニケーションをとりたいと考えました。
「親」に対しても、「先生」に対しても同じだと思いました。
ありがとう様でした
大変お世話になりました。
一中では、生徒たちが、失敗も含めた経験を積み重ねながら確かに成長する姿をいろいろな場面で目にすることができました。
そのことを中心に「風かをる」を発行しようとしました。
思い通りにはいきませんでしたが読者のみなさん
に感謝申し上げます。
先日の山形新聞に、「未来を築く子育てプロジェクト」エッセイ・コンクールで朝日町の伊藤由佳さんが最優秀賞に選ばれたことが、紹介されていました。
伊藤さんの作品は、2人の子どもを育てていたころ、山形市内の食堂で出会った「おばちゃん」とのエピソードをつづったものです。
全文ではありませんが転載します。
私は食べ終えて席を立ち始めた長男に声をかけつつ、次男に食事を与えていた。
おとなしくしていない長男と、なかなか食べ終わらない次男。
子ども達にかける私の声に、イライラが溶け始めていた。
その時、隣のテーブルを片付けていた店員のおばちゃんが声をかけてきた。
「子どもさん、いくつ?」「3歳と1歳です。
」「かわいいねえ。
」「ありがとうございます。
」
子ども達を褒めてもらったのが嬉しくて、私も思わず笑顔がこぼれた。
イライラした気持ちがふっと緩んだ。
そんな私に、おばちゃんはさらに声をかけてくれた。
「お母さん。
若いのに子育てして、エライね。
」次の瞬間、私は一瞬なにが起こったのかわからなかった。
笑顔のおばちゃんは、子ども達ではなくて私の頭を撫でたのだ。
よしよし、とでも言うように優しく。
「いえいえ。
」謙遜して答えようと思ったのに、予想外の出来事に言葉が出なかった。
かわりに、私の目からはポロポロと涙がこぼれた。
母親としての無駄な気負いが解けて流れて、ただただ温かい気持ちに包まれるようだった。
文章は続きます
考えてみたら、母親としての自分が褒められたのは、これが初めてだった。
どんなに若くても新米でも、「母親」は何でも出来て普通なのだ。
幼い子どもを騒がせないのは、母親として当たり前。
逆に子どもが騒げば、母親が悪いと責められる。
私は、いつ責められるのではないかと気を張って、疲れてイライラしてばかりいた。
そして、こう言います。
お母さん達は、みんな頑張っている。
皆がしていることだけど、みんな立派だ。
世の中がもっと、頑張っているお母さん達を褒めてあげるようになったらいいと思う。
お母さん達に褒め言葉をかけてくれる人が増えたら、幸せなお母さんが増えるとおもうから。
そして幸せなお母さんからは、幸せな子どもが育ってくれるんじゃないかと思うから
伊藤さんがいうように「『母親』は何でも出来て普通」だから「褒め言葉」をかけることもない。
時には自分を責めながらも、必死に子どもにかかわっている母親の心情を理解しようとすることは、あまりなかった気がします。
食堂のおばちゃんの言葉と行為に涙した伊藤さんに、改めて他の人の心・気持ちを理解しようとすることの大切さを考えました。
報道や色々な人の話を聞くと、お互い他の人のことを推し量ることが、苦手になってきている気がします。
そして、他者からのかかわりが少ない分、自己肯定感が少なく、どうしても自分を守ることにきゅうきゅうとしがちです。
決めつけないで、一歩踏み出して、相手の気持ちを推し量りながらコミュニケーションをとりたいと考えました。
「親」に対しても、「先生」に対しても同じだと思いました。
ありがとう様でした
大変お世話になりました。
一中では、生徒たちが、失敗も含めた経験を積み重ねながら確かに成長する姿をいろいろな場面で目にすることができました。
そのことを中心に「風かをる」を発行しようとしました。
思い通りにはいきませんでしたが読者のみなさん
に感謝申し上げます。












