風かをる 平成20年10月号

2009年03月13日(金)

「活力際」
やる気にさせる 幹部の話し方

 活力際では、作戦部員が中心になり、みんなで知恵を出し合います。勝つために一人一人の力の把握とその組み合わせ、そして作戦、何度かの練習、その取り組みの過程で、目的を共有し、お互いの違いを理解し合い、役割分担を了承する。このような丁寧な取組の過程で、生徒は育ちます。



一年生の作文より

 作戦で、選抜リレーと綱引きはすぐに決まったけど、問題は全員リレー。

 最初はすぐに出来ました。
でも結果はすごい差で負け。
 もう一度考えて、また負け。 何がダメなのかわかりませんでした。

 走るのがニガテな人の間に走るのが速い人を入れたし、後半を速くしたりした。あと、何をすれば順位を上げることが出来るのだろうか。私は考えて、ずっといろいろな案を出したが、結果がついてきませんでした。

 「前半で勝負をかけるしかない。」と考えオーダーを決め、練習もなく本番になりました。

 本番では、前半1位になり、夢をみられました。

 最終結果の現実は5位。でもいつもびりだったのが、一つランクを上げました。

 私はとても嬉しかったです。


三年生の作文より

 待ちに待ったスティールフラッグ!

 雷管が鳴ったと同時に全速力!

 おとりが最初に行き、注意をそらす!人と人の間を駆け抜けて棒にしがみつき、ぐらつかせたところに背の高い仲間が行き、旗を取って勝利!

 最高だった。


一年生の作文

 ぼくは、活力祭で応援に力をいれることにしました。走ることがあまり得意ではないので、せめて応援だけでも力になりたいと思ったのです。

 小学校の頃から声を出すのは得意だったので、今回も大きな声を出せるかと思いました。

 でも、二年生の応援の声の大きさに圧倒されて、声を少ししか出せませんでした。

 中学校の迫力ある空気に慣れるまでかなり時間がかかりました。


一年生の作文

 応援は、活力祭が近づいてくると、どんどん声が出てきたのがわかりました。軍別集会で、先輩が

 「今の”超”良かったよ!その調子!」

 と行ってくれた事がありました。その言葉をもらってから毎日頑張りました。


三年生の作文

 あっという間に終わってしまったけれど、内容としてはとても良かったと思った。(軍幹部の)HさんやMさんは、キツイ感じで注意するのではなく、やさしく注意して、みんなを引っ張っていて、とてもよかったと思った。


三年生の作文

 ソーラン節を踊っている時、「これで本当に最後なんだ。」と何度も頭をよぎりました。同時に「この応援が終わって欲しくない。」とも思いました。

 でも応援が終わった時は、悲しいというかよりも達成感のほうが多かったです。

 何より最後の活力祭で楽しかったことが、私の中での完全優勝です。


気品を感じました

 「普通、運動会で幹部が指示する言葉は、どなるような命令口調が多いですが、一中活力際の幹部は、丁寧で、端的で、みんながやる気を出す話し方でした。 激しい勝負の後のルールに従うさわやかさと合わせて、『気品』あるみなさんの姿でした。」

 と講評させていただきました。

『絆』を深めるために・・・

 1年生の作文を読んでいたら、初めての活力際への新鮮な驚きと、よく気づき、よく考えている、考えることが楽しいと思われるほどの文章がたくさんありました。

 皆さんにもぜひ、読んで頂きたくて、増刊号です。

幹部の姿から

 活力祭の三週間ほど前から応援練習が始まった。

 今、私の机にあるきたないポンポンは、その応援に使ったものだ。

 一番最初の応援練習は、こんあ物だなんだと手を抜いていた。次の日も手を抜いた。

 ある日、応援練習が終わって、組頭などの人たちが集まって話をしていた。どうしたらみんなが声を出してくれるのか、話しをしていた。私はそれを聞いて、組頭などの幹部の人はこんなにいろいろかんがえているんだ、なのに私達は応援に手を抜いていた。

 私は次の日から手を抜かず、必死で応援練習に取り組んだ。みんなも声を出してくれるようになり、みんなは、組頭にほめられた。


やり切ることの大切さ

 私は、活力祭で何か出来ることはないか、と思って装飾係りになりました。でも、こんなに大変だとは思いもしなかった。私は途中でやめたくなりました。

 でも、やめませんでした。今まで「だれかがしてくれるだろう」と思っていたのが、今度は、「自分がしてやろう」と思ったからです。色そめを工夫したり、一番最初に行って準備をしたり、とにかく頑張りました。
 勝ち負けを決めるのがこれまでの運動会だったが、私にとって名前のとおりの活力祭でした。装飾の絵も白組に負けたが、私はそれでもやり切ったということでとても嬉しかった。活力祭という行事で、勝つ、負ける、ではなく、自分の力をどのくらい発揮できるかということが大切だということがとてもわかりました。

考えました

 ぼくは、活力という言葉がいまいちよくわかりませんでした。それに活力祭という行事にどうして活力という言葉が結びつくのか、考えれば考えるほど頭が痛くなってきて、でも一度考えると答えが見つかるまでとことん考えてしまうのが僕のいいところだと小学生の頃、先生にいわれたので、まず考えました。

 でも考えても考えても考えても、全く答えが見つかりません。そもそも活力祭は小学校の運動会のようなもの。運動会といえば、みんなで一生懸命にポイントを取り合ったり、一つ一つ競技に全力で取り組むものでした。全力でやる!この時、ぼくはやっと、活力と活力祭の意味を知りました。つまりは、何事にも全力で取り組めということなんだ。そして活力祭はその自分の全力をためすための、いわゆるステージなんだ。その時、ぼくは 全力ということしか考えていませんでした。

 いよいよ活力祭が目の前と思ったとき、ぼくは、あることに気づきました。じつは、小学校のときと違い、全校生徒だけで準備しないといけないのです。その時は、「まぁ、中学生だし、これくらいは当たり前だよな」と思って、見逃していました。実は、それが活力という言葉の意味を示すものだったのです。活力、それは活動力、つまり「活動祭」は、「活動力祭」なのです。みんなで一生懸命に動いて、白組は紅組に、紅組は白組に勝つために一生懸命に、一人一人全力で活動するのが大切なんだと、ぼくは思いました。


なぜ団体競技が

 活力祭では、大切なことを学びました。

 クラス全員で走る意味、応援合戦がなぜあるのか、騎馬戦、台風の目は、なぜ複数の人数で一つになるのか。それは、皆との絆を深める、一つの集団が団結することのすばらしさを学べる活力祭だからだと思いました。






更新日:2009年03月13日 10:31


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